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役職の注目度とランクと階級65

「役職の注目度とランクと階級」第65回目です。
前回も取り上げたハプスブルク家の主の1人であるカール五世とはドイツ史における呼び名でして、スペイン国王としてはカルロス一世であります。
神聖ローマ帝国皇帝として、祖父マクシミリアン一世存命中の内に父フィリップがスペインのカスティーリャ女王イサベルの夫としてフェリペ一世を僭称して以来、ハプスブルク家のスペインへの進出がかない、息子カールの元でそれが完成した訳です。カールは1516年にスペイン国王カルロス一世として即位し、さらに3年後にはマクシミリアン一世崩御の跡を継いでオーストリアのハプスブルク家と神聖ローマ帝国皇帝の地位も引き継ぐ事となりました。
周知の通り、国王よりも皇帝の方が君主としてのランクが高いのですが、神聖ローマ帝国皇帝の地位はロシアや中国の皇帝のように、国家を私物化できるような地位とは言えませんでした。ハプスブルク家の領地を総称するオーストリアからして、その一部を構成するベーメン王国は神聖ローマ帝国の範疇にある一方、ハンガリー王国は帝国の埒外にありました。帝国自体がハプスブルク家の私物のような物だと位置づけられるのであれば、このようなまどろっこしい形である必要はなく、公然とハンガリーも帝国の一部として併合できる訳ですが、いかんせん、それは帝国全体のいくさにおいての征服ではなく、ハプスブルク家と言うわたくしの存在の元に相続で獲得した物だから、帝国とは別の物だと言う前提で成り立たせる必要があったと言う訳です。
さて、スペインとオーストリアとは同じ家であるだけでなく、カール五世と言う同一の君主の元に統治されていた訳ですが、対外的には別個の国家として存在している事には変わりはなく、世界史の中においても別個に進行していた事は当然の事でした。オーストリアの方は、ドイツ史の中において、領地の獲得も相続という形式を取って、必然的に制約の多い中でかろうじてドイツ史の中では代表的な地位を確立し、その力をバックに皇帝の地位まで獲得した訳ですが、その影響力はせいぜいヨーロッパどまりであったのに対して、スペインの方はアフリカ、新大陸、東南アジアにまで進出し、その影響力は世界的な物となっていました。
つまり、そこでは(神聖ローマ帝国)皇帝よりも(スペイン)国王の方が注目度が高い状態にあったとも言える訳です。そして、日本史との接点もスペイン国王たるカルロス一世の元に始まりました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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