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妄想抜きでできんのか

朝鮮王朝時代の飛行機「飛車」、再び空へ

ロシアのモスクワ国立技術大学で航空宇宙工学の博士課程に在籍し、無人機をテーマに研究を行っているイ・ボンソプさん(36)が最近「朝鮮の飛行機、再び空を飛ぶ」(サイエンスブックス刊)を出版した。同書には、「朝鮮王朝時代の飛行機の嚆矢(こうし)」と呼ばれる「飛車」(左の写真)を復元・製作した過程が記されている。

 朝鮮王朝後期の実学者、李圭景(イ・ギュギョン)の『五州衍(えん)文長箋散稿』と、申景濬(シン・ギョンジュン)の文集『旅菴(あん)遺稿』には「壬辰(じんしん)倭乱(文禄・慶長の役)の激戦地だった晋州城の戦いでは、朝鮮の軍官で火薬の専門家でもあった鄭平九(チョン・ピョング)が開発した『飛車』が、人を乗せて10キロ以上も飛び、倭敵の攻撃を避けた」という記録が残っている。しかし、飛車の実物や設計図は残っていない。

 科学史を専攻した人々や歴史家などはおおむね、飛車は上昇気流に乗ってグライダーのように飛んだ可能性が高い、とみている。

 今年1月に会ったイさんは「一人か二人が乗ったとすると、火薬を使って空に発射するように離陸させた後、風に乗り、晋州の南江に降りるという形で運航した可能性もある」と語った、2002年に飛車関連の記録を見たイさんは、当時の製作法で、できるだけ軽い飛車を作ることにした。韓国産の木材で1メートルを超える胴体と2メートルに達する翼を作った。伝統的な船の帆に着目し、飛車の翼には韓紙を張った。胴体と翼には漆も塗った。05年に無人飛行に成功、12年までに飛車の製作と4回の試験飛行を行った。

 イさんは、高校2年の夏休み以降、8カ月にわたって松島飛行場で教育を受け、超軽量航空機(ULP)の運航資格証を取得した。

 イさんは「空を飛ぶ瞬間は、地上での心配事がみんな消え、夕日に向かって永遠に飛んでいくだけのような気分を満喫できた」と語った。翌年、イさんは韓国航空大学航空機械科に合格し、兵役を終えた後、ロシア留学に旅立った。

 モスクワ国立航空大学で学士・修士課程を終え、現在は博士課程に在籍しているイさん。「航空・宇宙産業分野で、ロシアは世界的な大国。航空機の製造技術をきちんと勉強したかった」と語った。イさんは、無人機研究のほか、最大で二人まで乗れる軽量スポーツ機(LSA)を設計・製造する独自の研究開発企業も一人で運営している。社名は、自分の名前にちなんで「ボン・エア」と付けた。

 イさんは「無人機は、太陽電池などを付ければ通信衛星としても活用できるので、発展の可能性が無限にある分野。今後は電動無人機や小型飛行機の製作にも参加したい」と語った。

キム・ソンヒョン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


へぼ将棋 王より飛車をかわいがり

へぼ国家 現実よりも妄想をかわいがり

最後の事を現実に移したいのであれば、なまじそうした妄想は抱かない事ですな。最後の事は現実できれば、それ自体は立派な事ですからな。ただ、妄想が絡んでいる以上、変な方向へと突き進んで行く可能性があるのですよねぇ。

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コメント

韓国 飛車 で検索すると、まるでグライダーとは設計の基礎から違う図が出てきました。これが空を飛んだとか絵空ごと。
>独自の研究開発企業も一人で運営している。
・・・ここが朝鮮日報のツボかも。一人でできる事業ではないから、出資者募る、手下求む、じゃないのか。

旅に病で夢は枯野をかけ廻る (芭蕉)

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