プロフィール

DUCE

Author:DUCE
趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

キター!

キター

plugin by F.B

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ねたみの心理①

ビジネスマナーが最優先される日本企業には「ねたみ」「ひがみ」の感情が満ち溢れている

「有給休暇の取得にはマナーが必要」という識者の指摘に、ネットで反発が殺到している。人事コンサルタントの深大寺翔氏は、この背景にはビジネスマナーを最優先する日本企業の根深い体質があると指摘する。

その一方で深大寺氏は、悪いのはマナー講師だけではなく、他人と違う行動に対して「ねたみ」や「ひがみ」「嫉妬」の感情を抑えることができない多くの日本人の心の問題であるとする。
「同質性」を外れることへの反発心が強い日本人

――日本社会には「同質性」が高いという特徴があります。肌や髪の色も、話す言語もほぼ一緒で、少しでもネイティブから外れる人は排除される傾向にあります。

そして他の人と違う言動を取ることは、「自分勝手」であるという評価を受けます。みんながガマンしているのに、一人だけズルイという「ねたみ」や「ひがみ」「嫉妬」といった否定的な感情に結びついているのです。

日本企業で「マナー」とか「ビジネスマナー」と呼ばれるものの多くは、この「ひがみ」の感情にいかにきめ細かく対応するか、という処世術にほかなりません。

たとえば若手社員が、会議の席で社長から「君の指摘は素晴らしい」と褒められたら、必ず「いいえ、とんでもございません」と即座に強く否定しなければなりません。そしてこう続けるのがマナーとして歓迎されるのです。

「これも所属長のAさんや先輩のBさん、Cさん、それに関係部署のD部長やE課長の温かいご指導の賜物です」

逆にこのようなフォローなしに「ありがとうございます」で終わってしまうと、「なんだあいつは調子に乗りやがって」「手柄を独り占めしようとしている」と陰口の対象となり、「絶対にあいつの勝手にはさせない」と足を引っ張られることになります。
マナーの本質は「ねたみの感情に敏感になること」

また、評価されたからといって調子に乗って、温めていた持論をさらに展開するようなことも決してやってはいけません。「ねたみ」や「ひがみ」「嫉妬」の対象としてロックオンされたら、その会社での出世は望めなくなってしまいます。

このような視点から、今回批判を浴びたマナー講師の指摘内容を見てみると、あながち全く間違っているとは言えないのです。そればかりか、この方は普段から「心のマナー」という言葉を使っていたようですが、意識をしていたかどうかはともかく、

「徹底して同僚の『ねたみ』『ひがみ』『嫉妬』の感情に敏感になること」

が日本企業におけるマナーの本質であると見抜いていたと捉えれば、その主張は一貫して正しかったといえるでしょう。

例えばこの方は、「身内や友人の結婚式」で休むときであっても、直前まで「この状況下でお休みしても問題ないでしょうか?」「忙しいときに申し訳ありません」と確認すべきだとアドバイスされています。

その理由とは、まさに華やかな場への出席を心待ちにしていることが顔に出てしまえば、そのような場に招かれる機会もない人たちから、たちまち「ねたみ」の対象にされてしまうからに違いありません。
自分の中にも同質性にこだわる「ケチな心」はないのか

休みを取った翌日にお菓子を配るべきとアドバイスしている点についても、一見するとバカバカしいと思われるかもしれませんが、休めなかった人の「ねたみ」を鎮める儀礼の必要性を、マナー講師が強く感じているからと思われます。

今回の件については休みを取りたい人が、それを妨げる動きに対して反発したわけですが、私たちに共通する心の問題がある限り、別の件では立場が逆転しないとも限りません。

私たちはマナーのあり方を批判するだけでなく、自分の心の中に同質性へのこだわりから来るケチな心が本当にないのか、あるとすれば寛容で思いやりのある心をどうやって取り戻すのか、問いかけてみることが大切ではないでしょうか。(文:深大寺翔)


引用記事は昨年の物でして、すでに当ブログでも引用した事のある物ですが、今回はねたみに関して、深く掘り下げて見たいと思います。
まずもって、上記において「マナー」として取り上げられている事として、
>必ず「いいえ、とんでもございません」と即座に強く否定しなければなりません。そしてこう続けるのがマナーとして歓迎されるのです。

「これも所属長のAさんや先輩のBさん、Cさん、それに関係部署のD部長やE課長の温かいご指導の賜物です」

逆にこのようなフォローなしに「ありがとうございます」で終わってしまうと、「なんだあいつは調子に乗りやがって」「手柄を独り占めしようとしている」と陰口の対象となり、「絶対にあいつの勝手にはさせない」と足を引っ張られることになります。
マナーの本質は「ねたみの感情に敏感になること」

このような事が当然のように取り上げられているのはいかがな物でしょうか。なるほど、漫才で登場する時の春日のポーズのようなありさまだったならば、それに対してブーイングの感情を抱くのも当然でしょうが、ここではすでに「ありがとうございます」と言うのがある訳でして、それでもまずいと言うのは、余りにも理不尽なのではないでしょうか。
マナーを言うのであれば、経営者や管理職の側のマナーと言う物だってあってしかるべきではないでしょうか。「ありがとうございます」で済まされる事に対して不快感を抱く上司の方だって淘汰されるべきでしょう。そこでは、そうした上司たちは、要するにそうした良い仕事は、自分ら上司の後押しだと言う思いが強いようですが、他人の成果にただ乗りするだけのけちな根性なのではないでしょうか。
本当に、普段から「後押し」と言う物をして来たと言えるのでしょうか。普段は知らぬ存ぜぬで、都合の良い状態になった時に限ってそうした物に便乗したがる人間と言う物は少なくない物です。
そうした物が上司の側のねたみで成り立ってしまうのであれば、逆に下の方でもねたみと言う物が鬱積して、そのような物が野放しになってしまえば、下の側からすれば、上司は他人の良い働きを横取りするだけの存在でしかないとしまいには、大して良い働きと言う物を出し惜しみしてしまう事につながってしまうのではないでしょうか。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

クリックお願いします。<(_ _)>

クリックをよろしくお願いしますです。(人∀・)タノム



韓国(海外生活・情報) ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ 


人気サイトランキングへ






スポンサーサイト

<< イスラム教ってのは道楽を創出しにくい宗教なのではないか | ホーム | どっちもどっちのたかりの可能性が >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP