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利益認識の乖離272

「利益認識の乖離」第272回目です。
それが義侠の範疇に入るのかはともかくとしても、特定のボスに付き従う事に喜びを感じる人間は、それ以外にどんな条件を有しているかのいかんを問わず存在している物です。
「未来警察ウラシマン」に出て来るジタンダは間抜けであった物の、ボスであるルードビッヒに対する忠実さは大真面目ではあった物のその範疇に外れない範囲では私利私欲が存在していました。第11話において、特殊な装置でハワイに雪を降らすと言う話がありましたが、ジタンダはそれを利用して、ストーブを売って大もうけをしてご満悦だったのですが、ルードビッヒは単に雪が見たかったからであって、金儲けのために雪を降らせたのではないとして、せっかくジタンダが儲けたお金を暖炉に放り込んでしまいました。
ジタンダにしてみれば、もったいないと言う思いがあった事は否めませんでしたが、それ以上にボスの不興を買った事の方が大きな痛手でした。これが峰不二子であったならば、裏切ってでも金儲けの発想が強いですから、せっかくのお金を暖炉に放り込むなんて事はさせないはずです。
さて、「義侠」の条件に収まるためには、まずは自身の利益度外視で物を考える必要があると言う事がまず挙げられてしかるべきでしょう。ジタンダの様に、無条件にボスに付き従う事に嬉々としていても、その範疇で私利私欲を追求しようとしているようでは義侠とは言えないのです。まあそれはそれで良くある事ですから、別段否定的に解釈する事はありませんが。
戦国時代あたりだと、個々の武士の方で主を選ぶと言う発想が江戸時代よりも強かった物でして、その典型的な人間として豊臣秀吉が存在しています。自分自身が抱くなにがしかの欲求に見合う人間こそ、ボスにすべきだと言う訳でして、義侠を意識する人間もまたしかりでして、それに見合ったボスの元でなくては、そうした自身の義侠の心を最大限に追求する事は出来ないのです。
さて「三国志Ⅵ」においては、そうした「義侠」の夢を始めから有している武将として関羽が挙げられますが、周知の通りと言うべきか、その関羽にとってのしかるべきボスと言うのが劉備でして、そこから外れてしまえば、義侠の心が完璧に追求できなくなってしまったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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