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日本定住が当たり前ならば①

私は『自分の国籍に誇りを持っていないこと』を誇りに思っています。

国籍とは平均的な人にとっては、自分が何国人の両親から生まれたか、どこで生まれたか、それだけで決まります。自分は何国人に生まれたいと努力した結果として何国人に生まれるわけではありません。

ですから、自分が努力して得たわけでもないことを特別に誇りに思う必要はない、というのがまず言いたいことです。特別に誇りを持ってはならない、とは言いませんが、特別に誇りを持つ必要はなく、私の意思は自分の国籍に誇りを持たないことです。

ただ、今の自分の暮らしがそこそこ満足できると、「xx国人に生まれてよかった」という気持ちになり、それが「xx国人でいることに誇りを持つ」という気持ちになることは考えられます。そのような素朴な満足感は否定できるものではありませんが、それが昂じると、それは他国や他国民や他文化への無知と結びついて他国や他国民や他文化への蔑視につながり、他国差別、他国人差別に容易に変容してしまう危険があると、日本社会を観察しながら私は思っています。国家主義、ナショナリズムといわれるものの危険性です。

そういう意味で、「自分の国籍に誇りを持たないこと」は私にとって、そのような他国民差別に身を委ねてはならないと自分に命じるための倫理のようなものかもしれません。

こんなことを書くのも、新しい民進党代表の蓮舫氏に対して、彼女の台湾と日本の「二重国籍」がまるで問題であるかのように扱う世論の中の言説や、果ては政治的な動きがあるからです。いわく、「二重国籍者はスパイになるかもしれない」。想像力が豊かすぎて妄想の域です。いわく、「二重国籍だとどちらの国に忠誠を誓うのか」。個人が国に忠誠を誓うという発想が、21世紀の民主主義の発想ではありません。

重国籍が認められている世界の多くの国に比べて、日本で目立つこのような発想の裏には、単一国籍者は二重国籍者よりすぐれている、あるいは上位の地位にあるという考え方があるとしか考えられません。まるで、単一国籍者は単一国籍者であるというだけで二重国籍者に対してあれこれと命令したり難癖を付けたりする権利を持っていると錯覚しているかのようです。

このような現実を私は国籍差別と呼びますが、そのような国籍差別に加担しないために、自分の国籍を客観的に眺めることや、自分の中のナショナリズムを常に理性の監視のもとにおくようにしているというわけです。

『自分の国籍に誇りを持っていないこと』を誇りに思う、とは、国籍差別をしないという意思表示でもあると理解していただければ幸いです。


今回は人様のブログをネタにエントリーと言う事になります。
まずはこれは日本にあっての話でして、この御仁にしてみれば、自分が日本国籍を有している事に対して誇りを持っていないと言う事を宣言した訳です。せいぜいの所が日本に生まれで良かったで済ませろと言う事なのでしょう。誇りを持つなど僭越である。そういう考えがよその国に対して見下す態度を取るようになるのだと言う風に解釈しているようです。
しかし、自分に言わせれば、こうした人は一見外国人に対して平等を装っているように見えても、決して真なる平等感があるとは言えず、彼らなりの差別感を持っているように見受けます。所詮は上記における日本国籍に対して誇りを持たないと言うのも、日本に住めて当たり前だと言う所から始まっているのでして、これから日本に居つこうと言う外国人に対しては激甘状態になっているのです。
最近の所ではレンホー議員が二重国籍疑惑を持たれている事に関して弁護する側に立っています。これなんかも、その根っこは日本に対する権利を維持させる方向にごり押ししている事に他なりません。
あたかも二重国籍を認めないのを差別だと言う主張がありますが、外国国籍に関しても、日本国籍に引けを取らないだけのしかるべき価値があるのではないでしょうか。少なくとも、その国籍の持ち主にとってはそのように価値観を抱くべきでして、それでいて、あえてよその国籍まで欲しがると言うのは単に欲張りと言うにとどまらず、その外国国籍に対する思い入れと言う物も案外否定しているのではないでしょうか。
まあ、この御仁は国籍に対する誇りがないから、平然と二重国籍に対する容認をするのでしょうがそれならばいっその事無国籍に徹したらどうでしょうか。よしんば外国人であっても、日本に定住できる制度があるのだから、その範疇で日本定住を好きになったらどうでしょうか。
現実は日本国籍を有していて、その範疇で日本定住が当たり前で、追放される気遣いがないからこそ、そのようなある意味でのきれいごとが言えるのです。国籍にこだわる気がないのであれば、外国人に対しても(日本)国籍に対してこだわらさせるべきではないでしょう。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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コメント

何の秘書なんでしょね。

ああ、あのブログね。リベラルのつもりらしいけど、歴史の視点をわざとなのか欠落させているし、各国との比較もしませんね。生まれてから今までの個人的経験だけです。それでいかん、とは拒否しきれませんけど、他人の振る舞い、国家の振る舞いにまで敷衍させているのは問題でしょう。

世界の歴史にちょっとでも触れれば、世界の二重国籍なんかは結果論、あと付けの方便に過ぎません。移民の親族はヨーロッパにいて帰国する可能性もあるのだから。その点、インディアンの二重国籍なんかないわけですもんね。黒人系のムラートなどの白人との混血児に二重国籍はあっても、それはヨーロッパ由来の白人系の恩恵を受けているにすぎません。
二重国籍の制度に問題があるかないかではないのです。
それを日本に当てはめるのが、土台無茶な話しです。その対象は、韓国朝鮮、中国です。彼らは、自称数千年の歴史を誇っているはずで、日本に来て二重国籍を盗るのは、南米などの二重国籍とは別の理由が必要です。そう、日本の豊かさ平和に依存する心性です。あるいは、日本乗っ取りの性根が底にあるのです。それはプライドが許さないから、二重国籍を認めない日本は偏狭とかいいがかりの屁理屈になるだけですね。いやらしい人たちです。

その挙句に、(これが先にあったのでしょうけどね)
>国家主義、ナショナリズムといわれるものの危険性です。
などと、まるで日本だけの現象みたいな書き方するわけです。普通に五輪とかで、各国の応援団を見たことないのかしらん。それらの国々にも、徴兵性があったり国軍にちからを入れていたりするのだから、まったく公平性を欠いています。

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