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利益認識の乖離285

「利益認識の乖離」第285回目です。
誰にとっても、自分とにって好ましい形で事が運んでくれる物を望む物でして、上司がどうだ、部下がどうだ、と言うのも、いろいろ解釈が生じて来る物です。自分自身が怠けたいために上司もぐうたらであってほしい。あるいは逆で勤勉であった方が良いと言う事も十分あり得る物です。
米沢藩の改革を成し遂げた事で、後世有名になった上杉鷹山にしても、有力な家臣としては自分にとって好ましい形で動いてくれない事で、好感が持たれなかったのです。自分にとって好ましくない形で動きたくないから、あるいは、従来通りのやり方で我々に任せておいてくれと言う事で、鷹山が独自の勤勉さを発揮してくれることは、彼らにとっては好ましい事ではなかったのです。
その点では、彼ら重臣は怠惰であり、あるいは勤勉でもあったと言う事が言えるでしょう。よしんばそこで、既得権を侵害されると言う、ある種のよこしまな思いがなくとも、自分らが普段からやって来た形での仕事を否定されるような事態に出くわせば、本来勤勉であっても、途端にやる気を失って怠惰にもなってしまう物です。まあ、間違ったやり方を正そうとしないとすれば、それ自体もまたれっきとした怠惰であると言う事は間違いありませんが。
三国志において呉の水軍大都督として、最初は周瑜が任命されていたのが、後になると、陸遜が任命されていました。陸遜も周瑜同様若年のありさまでしたが、赤壁の戦いの時点では、既に呉全体の信頼を勝ち得ていた周瑜と違って、彼は依然として任命当初は無名の存在でして、その下に付く将軍たちからすれば不満囂々でした。
そんなありさまでしたから、より古参の将軍連中としては、あんまり口を出してほしくないと言う思いがありました。なまじいちいち口出しされても、それに対してすんなり従いたくないと言う思いが込み上がってしまうでしょうから、それくらいならば、彼らにしてみれば、自分らの方がそれなりに実績があるのだから、我々に任せてほしいと言う風に思ったとしても当然でしょう。それがかなえば、彼らとしても、結局その事で、内心では陸遜を軽んじてしまうでしょうが、少なくとも、自分らが思った通りに戦いを進められる事で、陸遜に対する不満は少なくて済んだ事でしょう。
しかし、陸遜は容易にそのようにはさせてくれず、彼の判断に基づいて蜀の軍勢に対する攻撃を命じるまでに、相当の時間をかけたので、将軍連中は長々と不満囂々の状態で待たされたのでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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