プロフィール

DUCE

Author:DUCE
趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

キター!

キター

plugin by F.B

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

絶倫ロボに見る男女の性差33

「絶倫ロボに見る男女の性差」第33回目です。
武家社会においては往々にして、よその家より自分の家で物を考える傾向がある物でして、御三卿にしてみれば、基本的に将軍家の部屋住みの状態ゆえに、どこか良い養子先を見出すと言う所ですが、一方では将軍家が自前の後継ぎを出せない状態ともなれば、将軍世子を提供する家と言う事で、それならば自分の家から出したいと考えるのが自然な所でしょう。
徳川家治にも本来は家基と言う自前の後継ぎを有していたのが、死亡してしまった事から御三卿に提供してもらう必要が出てきました。既に述べたように御三卿は、それ自体の存続のためではなく、将軍家に後継ぎを提供する事の方が優先されていたので、よしんば御三卿自体の後継ぎに事欠くような状態になろうともお構いなしと言う事でした。
さて、御三卿の筆頭たる田安家においては治察(はるあき)自体が病弱で、田安家の後継ぎは弟頼みと言う事でしたが、そのころ、丁度上記における家治の後継ぎ問題がありまして、田安家の後継ぎが解決してしまうと、後々田安家が将軍世子を提供できる状態になってしまう事から、ライバルたる一橋治済(はるさだ)が先手を打って、時の老中田沼意次とつるんで、後に松平定信として知られるようになる賢丸を白河藩へ養子に追いやってしまったのでした。
田安家の存続と言う事にも配慮するのであれば、実子をたくさん有している治済こそ、他家への養子を提供してしかるべきだったでしょうが、その結果、他家から、すなわち田安家から将軍世子が出るような事態になるくらいならば、田安家なんぞ潰れてしまえと言う風に治済は考えていた事でしょう。田安家を存続させたいのであれば、将軍世子を出す役目は我が家に譲れ。そう言う思いがあった事は否めません。
果たして、家治の後継ぎは一橋家からしか出せない状態になってしまい、治済の長男である豊千代が養子として送り込まれ、これが家斉として次期将軍となりました。そして、治察死亡後の田安家には、その弟である慶之丞が後継ぎとして送り込まれて斉匡と名乗りました。そして、御三卿の3番目の家である清水家においても、初代当主の重好が後継ぎを残せない状態で死亡した後、家斉の息子の1人である敦之助が後継ぎとして送り込まれました。要するに、将軍家御三卿すべて一橋治済の血統で占められたのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

クリックお願いします。<(_ _)>


クリックをよろしくお願いしますです。(人∀・)タノム


韓国(海外生活・情報) ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ 


スポンサーサイト

<< 朝寝、昼寝、夕寝 | ホーム | 世界で1番気違いの国・3 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 BLOG TOP