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竹島はわれらが領地なり

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絶倫ロボに見る男女の性差42

「絶倫ロボに見る男女の性差」第42回目です。
兄を差し置いて本家たる水戸家を継いでしまったと言う思いから、水戸家は兄の血統に返すべしと言う事で、水戸家三代目は松平頼重の息子である綱條が継ぎ、高松藩は光圀の息子である頼常が継ぎました。光圀の意識からすれば、高松藩は分家でして本来自分が継ぐべき家だったから、後は自分の血統で続いても良かったのですが、頼常自身は頼重の孫を養子にとって、高松藩を継がせました。
この段階では光圀に比べて頼重の方が後継ぎに余裕があった訳でして、高松藩内で分家を用意していました。
しかしそれでも、そうした分家の血統も後になって払底してしまって、頼重の血統はもっぱら水戸家で維持される事になって、高松藩の後継ぎは、水戸家の別の分家である守山藩が提供する事となりました。高松藩は御三家の分家の中では12万石と言った、破格の大大名でして、おいそれと潰してしまえるような家ではなく、別途養子を迎えて何とか存続させてしかるべき家でした。
それに比べれば、光圀の弟によって創出された分家の方は吹けば飛ぶような小さな存在でして、こちらの方なら、本家存続のための捨て石として割り切っても差し支えない家でした。それらは守山藩、常陸府中藩、宍戸藩と3つあり、合わせて5万石の小規模でして、いざとなったら、家臣を水戸に引き上げて、領地を幕府に返してしまえば良い程度の状態でした。
しかし、これらの小藩が決してなくなる事はありませんでした。なるほど、完璧に実子相続によってのみ継続する事はなかった物の、水戸一族の5藩の中で養子を融通し合う事によって、何とか幕末まで存続する事が出来たのでした。
御三家の内の尾張藩、紀州藩には家斉の息子が養子として送り込まれましたが、水戸家の場合、家斉にとって不都合な事に、家斉に引けを取らないスケベな水戸斉昭が存在していた事が決定的な物として、幕府からの養子縁組を阻止し得たのでした。斉昭も子だくさんでしたから、むしろよその家に養子を提供する側に立ったのです。
斉昭からの養子提供に限らず、全体的に水戸家は自前の分家を終始初代の頼房の血統で維持できたのみならず、よその家にも頼房の血統で成り立たせると言うケースがいくつかの家で垣間見る事が出来ました。例えば前回取り上げた尾張藩もその1つでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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