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絶倫ロボに見る男女の性差46

「絶倫ロボに見る男女の性差」第46回目です。
これまでは武士に関する相続問題を散々取り上げてきましたが、部屋住みは何も武士に限った事ではなく、農民にも存在していたのです。
さて、江戸時代における小作農と言えば、これまで久しく貧困者を意味する言葉として意識していた物ですが、農民の部屋住みと言う事を意識するようになって、必ずしもそうとは限らないのです。
農民もまた世襲で成り立つ以上、田畑が相続されると言う事に他ならない訳ですが、そうした相続が1人に対して行われるのであれば問題はないのですが、必ずしもそうではありません。子供が複数生まれる家もあれば、子なしの家と言うのも当然出て来るでしょう。前者だったならば、分割相続できるのであればともかく、武士の世界だって分割相続は容易でなかったからこそ、部屋住みが存在していたのです。農民もまたしかりでして、分割する余裕がなければこちらの方でも部屋住みが出て来る事は必然でした。
武士のような支配階級であれば、よしんば浪人しても、別の藩に仕官すると言う風に支配階級の中での新たな人生を追求したがる傾向が多かったのに対して、農民の場合は産業身分でしたから、町へ出ての出稼ぎと言うのは、決して身分のダウングレードとはならなかった物だから、農村の余剰人口が容易に町へ流れて行った物です。
また、農村にとどまるのであれば、実家か、よその農民の元での農業労働者となるか、あるいはここで小作農と言う選択肢が出て来るのです。あるいは、後継ぎのいない農家に婿入りを含めた養子と言う、武士と同じパターンも存在していました。
さて新田藩と言う制度は新田開墾によってできた分を大名家の部屋住みの者を形式的に大名にしてしまう物でして、そこには必ずしもその分別途家臣を増やすと言う事がなく、統治自体は本家が代行すると言うケースが多かったように、武士の中でも結構自助努力を強いられる事か多く、農民の場合もまたしかりだと思われます。
ただ、新田開墾をするからには、それを維持する農民の方は必要でして、こちらの方では部屋住みの農民が抽出されて、新たな本百姓として自立する事ができるようになりました。このような事がなければ、最悪の場合、生まれた子供の中には間引きと言って、その場で始末されると言う事もあったのです。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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