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ねたみの心理44

「ねたみの心理」第44回目です。
所詮は褒めると言う行為は、褒める側にとって、自分にとって得になる事を他人がしてくれたことに関するリアクションの一形態でしかないのです。もちろん、それに見合った状態に出くわしたのにもかかわらず、それをしないで済ましておくのは良くないでしょうが、そのように褒めると言う行為を定義してしまえば、それは必ずしも良い行為とは言えないでしょう。しかし一般的には、無理からぬこととは言え、そう言う行為を良い事と思ってしまう傾向が多いです。
そのように解釈されてしまう事は意外に悪い事とは言えないでしょう。褒めると言う行為によって、人間関係が大抵の場合は良くなって行く物だからです。しかしだからと言って、余りに褒めると言う行為にこだわると言うのも良いとも言えません。あまりにそれを行う事が善行だと言う思いにとらわれてしまって、その結果、褒めると言う事が目的化してしまって、そのためにあらかじめ、しかるべき条件に達したら褒めてやると言う風に身構えて、他人にいろいろ高望みをしてしまって、それで他人にいらざる負担を抱え込ませてしまうようになってはいけません。
大抵の場合は、あの人は、自分の行為に対して褒めてくれる、感謝してくれると言う事で、その人に対して良い感情を抱く物ですが、それが度を越してしまうとどうでしょうか。あいつは、褒めれば万事OKだと思い込んで、やたらと何でも自分に対してさせて、楽をし過ぎる。けしからんと言う風に悪しき感情へと発展して行く事だって十分あり得るのです。
頻りに他人を褒める行為が、所詮は本来自分がすべき事を怠けて他人に押し付ける意図のために行われているのに過ぎないとと言う風に意識してしまえば、それはれっきとしたけしからん行為に成り下がってしまって、他人からすれば、おれの負担であいつは楽をしていると言う意識が強くなって、そこには十分ねたみに至る要素をはらんでしまっています。
そうなって来ると、当然、「そいつ」が自分を褒めると言う行為に対して嫌悪感が意識されてしまって、「そいつ」に褒められると言う行為をぶち壊してしまいたいと言う思いに至る事でしょう。のみならず、自分だって褒める側に立ちたいとも感じる物でしょう。自分自身だって、当然、自分にとって得になる事を他人からしてもらいたいじゃないですか。他人にしてやるのみでは不公平感が募るからです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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