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役職・身分のかけ持ちと転籍⑫

「役職・身分の掛け持ちと転籍」第12回目です。
個々の人間の国籍に関しても、独立や併合によって変化する事がある以上、それに合わせて軍人が別の軍隊へ転籍と言う風になる事もまたしかりと言えましょう。かつて、「オーストリア・ハプスブルク帝国の軍人のその後」の中で、ハプスブルク帝国に属していた4人の軍人のその後に関して取り上げた事がありましたが、彼らもまたよその国の軍隊へ転籍したと言う事が言える訳です。
その中でも後にハンガリー王国の摂政に就任したホルティの場合は解釈が難しい所でありますが。そもそもハプスブルク帝国は内政上ではオーストリア帝国とハンガリー王国が並立している状態で成り立っており、そう言う視点からすれば、ホルティは別段転籍と言うのには当たらず、ハンガリー人として、分割された片割れたるハンガリー王国の方にあったと言うだけでして、ハプスブルク帝国以来の海軍の制服を着用したまま摂政へと就任した訳です。
別の軍隊への転籍であるのならば、新たな制服が必要なはずですが、単に分離した元の軍隊の中での話に過ぎないとなれば、旧来の制服のままでも構わない訳でしょう。ただ、ハプスブルク帝国の軍隊はましてや海軍においては単一の軍隊として扱われる物でして、将校の教育もドイツ語で行われていた物でして、分離してしまえば、ハンガリー人独自の運用ができるはずでして、そう言う意味ではやはりそれもまた転籍の一種だと言えるのではないでしょうか。
後に第二次世界大戦になって、ハンガリーもルーマニアもドイツ同盟国となって対ソ戦争に加わる訳ですが、地理的な見地から共に出撃した軍隊は南方軍集団に属する事になりましたが、両軍が隣接しよう物ならばその場でいくさになるような険悪な関係だった物だから、南方軍集団としては両軍が隣接しない形で配置す必要があり、そうした事は翌年のプラウ作戦においても継承されていて、B軍集団の中にルーマニア軍、ハンガリー軍が属していて、ドン川の「静かな」戦線に配置されて、その地の防備に当たっていましたが、両軍の中間にイタリア軍が配置されていました。
そんな関係からすれば意外な事に、第一次世界大戦でハプスブルク帝国軍に属していたフレープスがトランシルバニア生まれと言う事で、その地が戦後解体されたハプスブルク帝国からルーマニアに移る過程でルーマニア軍に転籍しました。ルーマニアからすれば、つい最近まで敵軍として従軍していた人間を受け入れた訳です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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